Keep a secret

□下手っぴだね
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 強引に裸に剥かれて始まった行為――
 時谷くんはたまに思い出したように「僕は怒ってるんですからね」と言うけれど、私に触れる手は乱暴なものではなかった。

「綾瀬さん」
「ひゃっ」

 内ももの際どいところに置かれていた手が、秘所をそうっと撫で上げる。

「上しか触ってないのにまたこんなに濡らしちゃったんですか? やらしいな」
「あっあっ、んっ、時谷くん……っ」

 そんなこと言われたって時谷くんの愛撫は長く執拗で、私の性感をじわじわと高めるものだった。最初はただくすぐったいだけだったのに胸の先端に吸いつき飴玉のように転がされる刺激にも素直に声が出てしまう。

「ん……綾瀬さんの中、熱い……でもまだ奥は狭いかな。浅いところを触ってあげますね。痛くないですか?」
「ふっ、んんっ」
「ちゃぷちゃぷいってますね。気持ちいいっておまんこが返事してくれてる……可愛いな」

 時谷くんの熱っぽい息が胸をくすぐる。中に浅く入り込んだ指先は愛液を掻き出して、また入口をつぷつぷと緩く擦りあげた。

「ひゃっあ、あっ、あんまり恥ずかしいこと言わないで、よっ」
「恥ずかしがってる綾瀬さん可愛くて好きなんです。すぐ赤面するところとか、ほんと可愛い。見ていて飽きないです」

 胸の膨らみから顔を上げた時谷くんが囁く。

「やっ、やだ、見ないでっ、んっ」

 意地悪な視線から逃れるために顔を背けると、次に彼は無防備になった首筋に顔を埋めた。柔らかい唇がちゅ、ちゅと触れて、舌先が鎖骨のあたりをチロチロと舐め上げる。

 くすぐったくて、少し痒い。そこ、蚊に刺されたところ――掻こうとして持ち上げた右手を捕まえられた。

「キスマーク、隠さないでください。よく見せて。僕のものだっていう証です」

 時谷くんが鬱血痕を眺めながらとろけるような笑みを浮かべる。
 まだ乾ききっていない髪からはシャンプーの香りがふわりと漂い、汗じみのないTシャツには柔軟剤の香りが残っている。全身に清潔感をまとう彼は、はあ、と明らかに欲望を孕んだ息を吐いた。

「隠そうとしてるんじゃなくて――んああっ!!」

 突然指を二本に増やされ、深く貫かれた。ピアノでも弾いているかのような軽やかな動きで粘膜を解される。
 私のそこは時谷くんの指の動きに合わせてくちゅくちゅくちゅくちゅと淫らな音を立てる。

「あっあっ、んんんっ」

 気持ちいいところを擦られてもうすぐ達してしまいそうな予兆があった。
 強制的に繋がされている時谷くんの左手を強く握りしめる。

 ――気持ちいい。
 怯えていたこともお守りの鈴を捨てられたことも今だけは頭から追い出して快楽に身を任せていると、指の動きが止まった。

「僕にもキスマークを付けてください。僕を綾瀬さんだけのものにして」
「んん……」

 中から指を引き抜かれ、求められる通りに体を起こす。先ほどまで握っていた時谷くんの手が私の首裏に回ってきて、そのまま抱き寄せられた。
「綾瀬さん」と耳元で名前を呼ばれ、私の唇は時谷くんの首元に誘導される。

「してくれないなら僕が綾瀬さんの全身……首も胸も太ももも、足の指にまで跡を付けてあげてもいいんですよ」

 時谷くんなら本当にやりかねない。恐ろしい言葉とは裏腹に私の頭を撫でる手は優しく、愛を感じた。

「時谷くん……」

 眼前にあるのは産毛すら生えていないように見えるきめ細やかな白い肌。
 ――と、黒崎さんからの暴行の跡。
 ガーゼを外したようだが、鎖骨に残る傷跡はまだ痛々しかった。

「絶対に隠せないところに付けちゃうよ? いいの?」
「はっ……最高ですね。お願いします」
「こっ、後悔したって知らないんだから!」

 脅したつもりがむしろ喜ばせてしまったことが不服だった。宣言通りにハイネックを着ても隠れないであろう首筋に狙いを定めて、思いきり吸いつく。

「んっ……綾瀬さん」

 時谷くんはブルリと震えて色っぽい吐息を漏らす。表情にも声にも興奮が色濃く出ているけれど、慈愛に満ちた彼の眼差しからは母性すら感じる。頭を撫でられていると自分が赤ちゃんにでもなった錯覚がして恥ずかしく感じた。

「は……それじゃ付かないですよ。僕のことを食べて自分のものにするつもりで強く吸い付いてください」
「痛ふないの?」
「ん、気持ち、いですよ。もっと強くして」
「う、ん」

 ちゅうっと音が出るくらいに吸えば時谷くんは切なそうに眉を寄せる。
 感じてるんだと思うとドキドキしてあそこが疼く。
 時谷くんの指という栓を失った膣口から愛液がこぼれて、お尻をつけている場所を中心にベッドシーツにシミが広がる。
 私は太ももを擦り合わせながら彼の薄い皮膚にキスを続けた。

「んーっ!」
「綾瀬さん、もっとだよ」
「ん、んん〜〜っ!! ぷはぁっ」

 息が続かず一旦離してみる……けれど、唾液でべとべとになったそこはほんのり薄桃色に染まっているだけだった。それも唾液を拭おうと軽く擦っただけでほぼ元通りの色白の肌に戻ってしまった。

「駄目だー……付かないよ」
「綾瀬さん想像以上に下手っぴだね。でも頑張ってくれているのは伝わりましたよ? 本当はここを触ってほしくてたまらないのに……我慢できて偉いです」
「ひゃっ」

 頭を撫でていた手が太ももの隙間へ滑り込んできて秘裂を往復する。「いいこいいこ」と耳元で囁きながら、時谷くんの長い指が割れ目の上のほうに息づく陰核に愛液を塗り込める。
 ぬるぬるになった陰核を上から下へと擦られたら自然と脚が開いてしまう。

「キスマークの付け方、教えてあげますね」
「ふあっ、あっ」

 時谷くんはだらしなく開いた私の脚の間に座り、脚の付け根へと顔を近付けてくる。
 こんな明るい部屋でぐっしょり濡れているところを見られると思ったら恥ずかしいのに、またじわりと体が熱くなる。
 時谷くんは秘所に鼻先が触れるかどうかの位置ですんすんと鼻を鳴らす。

「すごい……えっちな匂いがする」
「やっ、やあ!」

 髪を掴んでなんとか引き剥がそうとするが、彼は動く気がまるでない。
 濡れた髪に触れていると太ももにぽたぽたと冷たい水滴が落ちてくる。時谷くんがシャワー上がりで清らかである一方で、私はまだお風呂に入らせてもらっていないのだ。

「おいしそうですね」

 また匂いを嗅がれて、恥ずかしさで息を呑む。そのまま時谷くんは水滴を舐め取るように太ももに口付けた。
 新たなキスマークを増やされることを覚悟した。けれど――

「綾瀬さんの体の中でも特に物覚えが良さそうなここで実践しましょうか」
「んっ」

 予想は外れた。時谷くんの半開きの唇は敏感な陰核にふーーっと長く息を吹きかけてきて、温まった突起をぱくりとくわえたのだ。

「んあああっ」

 じゅるるるっと下品な音を立てて吸引される小さな突起。
 無意識に逃げようとする腰に腕を回され、上目遣いでこちらを観察している時谷くんの頬は窪んでいた。さっきの私とは比べ物にならない力できつく吸い付かれている。

「んっ、んっ、綾瀬さ……これくらい強く、するんですよ」
「ひっ、そこそんなに吸っちゃだめ!……んあ、あ……っ」

 そんなにも強くしたら痛いはずなのに。時谷くんの熱いお口の中で包皮の剥けた小さな突起がじんじんして、溶けてしまいそうで、強烈な甘い痺れが痛みを押し流していった。

「あ、あっ、ふぁあっ!!」

 支えがなければ倒れこんでしまいそうなほど仰け反りながら、私は達した。陰核の下でひくつく膣口がとろとろと蜜を垂らす。

「はあ……っ、綾瀬さん、とろとろ。気持ち良さそうだったけど、わかりました? 次はちゃんとできますか?」
「はっ、はっ、え……」

 なんだったっけ? と一瞬考えてから、思い出した。
 私がキスマークを付けるのが下手くそだから付け方を教えると言われ、吸い付かれたんだった。

「わかるまでしてあげますね」
「ひぁっ!?」

 解放されたばかりの陰核にまた集中力な責めが始まる。時谷くんはぢゅっぢゅっと力強く吸い付きながら、男性器に奉仕するような動きで顔を上下させる。

「それっ、も、やめて、それおかしくなるっ!」

 時谷くんの愛撫は『吸う』というより『引っ張る』に近かった。イッた直後に堪えられる刺激じゃない。

「んっ、んっ、やだっ、やぁぁ!」
「クリが弱い綾瀬さん、かわい……んっ、んんっ」
「んあっ、あっあっ!」

 私のクリトリスは自分で直接触ると痛いと感じることもあるくらい繊細なのに、どういうわけか時谷くんの指で弄られ舐められると気持ち良いだけの器官にされてしまう。

「わか……っ、わかったからぁっ、お願、あ――っ!」

 またすぐに二度目の絶頂へと導かれて脱力した体をシーツに沈める。私の体もシーツも愛液と汗と時谷くんの唾液でべとべとだ。

「綾瀬さん……」

 覆いかぶさってきた時谷くんが熱っぽく私を呼ぶ。いつも涼しい顔をしている彼の額にも汗が滲んでいて、まだ余韻が残る秘裂へと熱い塊が押し付けられた。

「休憩中のところすみませんが……挿れますね?」
「待っ……ああっ!」


 ***


「うー……あーつーいーよー」
「ふふっ、エアコンの設定温度下げましたよ」

 時谷くんが二回、私は……覚えてないけれど何度かイッてからやっと解放してもらえた。
 芯まで火照った体からはなかなか熱が引かない。文句を言いながらも私は口元まで布団を被っていた。だって、まだ服を着ていないから、恥ずかしい。

「アイス食べたい……」
「アイス……すみません。買ってないです……」
「時谷くんはアイスとか食べなさそうだもんね。明日買いに行こうよ」
「わかりました。買ってきますね」

 布団の上から肩を撫でられるのが心地良い。少し休んだらシャワーを浴びよう、そう考えながら私はまぶたを落とした。


 翌朝――冷凍庫にアイスが大量入荷していた。私の起床前に時谷くんが一人で買い物に行ってきてしまったらしい。
 贅沢なカップアイスや期間限定の珍しい味のもの、定番のソーダバーまで、豊富な中からお高めのアイスをいただきながら、庭で洗濯物を干す時谷くんの後ろ姿を眺める。

「外……暑くない?」

 開いた窓から差し込む眩しい陽の光と喧しいセミの鳴き声が、エアコンで冷えたリビングに夏の匂いを運んでくる。

「暑いですよ。綾瀬さん、そんな窓際に座ってたらアイス溶けてきませんか?」
「わっ、ほんとだ! もったいない」

 膝の上に視線を戻せば、さっきまで固いくらいだったアイスが食べ頃を通り越してどろどろになりかけていた。溶けたところからスプーンですくって口に運ぶ。

「美味ぁっ! ハーゲンダッツ最高!」
「よかったですね。また追加しておきます」

 ついつい頬が緩んでしまう私を軽く笑ってから時谷くんは作業を再開する。

 時谷くんのお家の庭は裏手側にあって広いけれど、物干し竿のスタンドが置いてあるだけのなんとも殺風景な空間だ。
 それも仕方ないのかもしれない。彼の家はダークグレーの高い塀にぐるりと囲まれているため、道路側から見える門扉の付近以外は人目を意識して飾りつける必要はないのだ。

「綾瀬さん可愛かったな……」
「……っ!」

 ベッドシーツを広げている最中の時谷くんから唐突な言葉が飛び出す。私は数拍遅れで言葉の意味に気付いて、危うくアイスを吹き出すところだった。
 どうしてこのシーツを洗濯して干しているかって、昨夜に私がぐしょぐしょに濡らしたからだ。時谷くんが何を思い出してぼやいたのか明白だった。

「わ、私も手伝うよ!」
「駄目です」

 残りのアイスを急いで食べきって立ち上がる――が、時谷くんが私の前で通せんぼする。

「日焼けしてしまいますから」
「少しくらい平気だよ」
「紫外線はお肌の天敵ですよ? 綾瀬さんが皮膚がんになったら僕が困ります」
「そんなこと気にしてたら夏を乗り切れないってば……」
「出歩かなければいいだけです。中にいてくださいね」

 シャッ、とカーテンが閉められる。時谷くんは一方的に話を打ち切ってまた洗濯物を干しにいったようだった。
 目の前でカーテンが風に揺れている。それは私と外の世界を分ける境界線みたいで、超えてもいいのか一瞬躊躇する。

 そのとき、インターホンが鳴った。

「時谷くん、誰か来たよ」
「あ、そういえば今日の午前中に荷物が届くって父さんからメッセージが来てたんです。ろくなもんじゃないと思いますけどね」

 カーテンの向こう側から聞こえる時谷くんの声は少し距離があった。

「じゃあ私が代わりに受け取ってくるね」

 そう言い残して、足早に玄関へ向かう。
 時谷くんは靴を履き替えるのも手間だろうし、お手伝いのつもりだった。

 玄関には靴が一足も並んでなかったから、流れるように白い靴箱を開ける。
 スカスカの靴箱にはどんな靴が収納されているのか一目瞭然だった。
 時谷くんの通学用の革靴、よく履いているスニーカー、他にも数足あるが、目当てのものが見当たらず首を傾げる。

「私の靴がない……」

 昨日の朝、確かにここに片付けてたと思ったんだけど――

「時谷さーん! 郵便局でーす!」

「あっ、ちょ、ちょっと待――っ!」

 靴箱を覗き込んでいた両肩に手が置かれて、心臓がびくりと跳ねる。

「綾瀬さん。僕が出ますから」

 音もなく忍び寄っていた時谷くんに耳打ちされる。その言葉は特別に強い口調や怖い声音でもないのに強い強制力を持っていた。
 そのまま両肩を押され、リビングに連れ戻された。

「いやあ、今年の夏は厳しい暑さが続きますねー。今日なんて最高気温を更新するんじゃないかってラジオで言ってましたよ」
「そうですね……はい、サインしました」

 配達員と時谷くんのやりとりがリビングにまで聞こえてくる。
 外はそんなにも猛暑なんだ。
 庭へと続く窓はすっかり閉め切られていて、室内は快適な温度に保たれている。
 眩しい日差しもセミの声もすぐそばにあるはずなのに、急に外が遠くなった気がした。


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