Keep a secret

□もしもばなし
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もしも時谷くんのチェキ会が開催されたら



 近付いている綾瀬さんのお誕生日。彼女に贈るプレゼントは自分で稼いだお金で買いたいからと始めたカフェでのバイト。
 接客業なんてどう考えても俺には向かないと思っていたが、誕生日当日に綾瀬さんが見せてくれるであろう笑顔を想像すればそつなくこなすことができた。
 店の制服である黒エプロンのヒモを背中でクロスさせてぎゅっと縛ると俺の意識は接客用に切り替わる。今月末で目標額が貯まるから、あと少しの辛抱だ。

 なんだか今日はいつもより客足がいいらしく他の店員たちがバタバタと慌ただしい。俺も早速応援にいこうとしたら、店長に呼び止められた。

「時谷くん、今日は通常業務はしなくていいよ。代わりにやってほしいことがあるんだ」
「なんですか?」
「今から開催されるイベント『話題のイケメン店員とのチェキ会☆』だよ! いっぱい稼ぐぞ〜!」
「はあ、そんなイベントがあるんですか。俺はスタッフをやればいいんですね?」

 初耳だったが、通りで今日は賑わっているわけだ。特に興味を持てないイベントをさらりと聞き流している俺の肩に店長が手を置いた。嫌な予感がする。

「何言ってるんだよ。イケメン店員ってもちろん君のことだよ」
「はあ?」
「いやさ、こないだ従業員みんなで写真を撮ったろう? あれを昨日求人サイトに載せたらすごい美少年がいるってSNSに転載されて話題になったんだよ。それで急遽時谷くんとチェキを撮れる会を開催することになったってわけ」
「馬鹿らしい。俺はそんな気色悪いこと御免です。帰らせてもらいます」

 外したエプロンを押し付けて立ち去ろうとするが、

「待ってええええ!! もう店の外まで列ができてるんだよ!! 特別ボーナス弾むからあああ!!」

 店長が泣きながら縋りついてくるから仕方なく足を止めるほかなかった。


 ――チェキ会とやらは苦行だった。
 客は中学生から大学生くらいの女性客が大半だ。「投げチューして♡」と書かれた内輪を持ち込んできたり、キャーキャー騒ぎ立てるから対応に困る。
 なかには結婚してくれなきゃやだーと泣き出す女児や、付き合ってほしいと言い出す同年代の男、たらこ唇の奇妙な被り物をした客なんかもいた。

「デュ、デュフ……写真の何倍も可愛いお顔でござるね。ほ、ほんとうに男の子なのかなぁ? デュフフフ」
「ポーズはピースでいいですよね。はい、チーズ……ありがとうございましたー」

 気味の悪い太った中年男とも流れ作業で写真を撮り終える。すぐに出てきたチェキに映る俺の笑顔は引き攣り、もはや死んだ魚のように虚ろな目をしていた。
 顔面が強張っていて痛い。しかしこれに耐えれば綾瀬さんの誕生日デートで行くご飯をもう少しお高い店に変更できる。
 一回二千のチェキの半額が俺の元に入ってくるのだ。疲れきった俺の目にはどの客も千円札に見えていた。

「次のお客さん入れるよー」
「はい」
「よ、よろしくお願いしまーす」

 ぼんやりと虚空を見つめながら返事をすれば、愛おしい声が鼓膜を優しく撫でた。俺の意識は瞬時に覚醒する。

「綾瀬さん……っ! どうしてここに?」
「ゆかりんが、この話題になってるイケメン店員って時谷くんじゃない?って送ってきたんだよ。時谷くん、バイトしてたんだね。何で教えてくれなかったの?」

 綾瀬さんはそう言って少し拗ねたように唇を尖らせる。
 綾瀬さん、ごめんなさい……けど、俺が秘密していたのは綾瀬さんの誕生日のお祝いをサプライズでしたかったからで……!

「しかもなんか、人気者みたいだし……」
「心配しないでください! 僕は今日で……いえ、今すぐバイト辞めるので!」
「えっ!?」

 驚きの声を上げたのは店長だった。

「店長、短い間でしたがお世話になりました。最後に綾瀬さんとの写真撮ってください。あ、彼女から受け取ったチェキ代は返金してくださいね」
「ええっそんな急に辞めていいものなの?」
「いいんですよ。気にすることないです」

 このチェキ会のおかげで目標額はとっくに貯まっている。綾瀬さんを不安な思いをさせてまで続ける理由はなかった。それに『話題のイケメン店員とのチェキ会☆』とやらを勝手に催されたことも腹立たしいから。
 そんなぁずっと続けてよぉ……と情けない声を上げている店長にチェキを構えさせる。

「綾瀬さん、どんなポーズにしますか?」
「えっとえっと、ハート!」

 綾瀬さんが俺に顔を寄せてくれる。凝り固まっていた顔面の筋肉が自然と緩むのを感じながら、彼女の要望通りのポーズでチェキに収まったのだった。
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