創作夢

□君がヤンデレを好きだと言うので
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 明後日のハロウィンパーティーに向けて準備は着実に進んでいる、進んでしまった。少し順調過ぎるくらいに。
 違うクラスの実行委員もふくめてみんなで協力して頑張っていたおかげで事前の準備は一日早く終わり、後はハロウィン当日の朝早くに集まって行うことになってしまった。
 明日は居残りしなくてよくなったーと大喜びしている他のみんなの姿が憎々しい。僕からしたら香坂さんとお話出来る機会が一日減っただけ。酷くがっかりしている。

 気を抜いたら漏れるため息をこらえることなく吐き出しながらベッドに転がった。

『あの日のあなたの一言が僕の世界を変えたんです。そんなつもりなかったなんて言わせない。責任とってくださいね。』

 ツイッターを開けば香坂さんは元気にヤンデレへの愛を叫んでいた。
 僕の作ったヤンデレ男子botの中で香坂さんが特に気に入っているという呟きがまた流れたらしい。日本語として成立していないうめき声を連投している。
 香坂さんを好きになったきっかけについての呟きだ。あれは半年前――

 あっ、という声と共にノートや筆箱の中身が床に散らばる。僕の席の斜め前での出来事だ。すぐにしゃがんで拾い始めた一度も話したことがないクラスメートの女子。
 足元に転がってきたボールペンを拾ったものの声を掛けにくい。どうしたものかと困っている僕を見上げた彼女は「やっぱり似てる!」そう言った。
 似てる?何に?唐突な言葉に頭の中はハテナマークが浮かぶ。その様子に気付いた彼女はごめんごめんと、僕にゲームのキャラクターのクリアファイルを見せながら笑う。
 それが香坂さんを好きになったきっかけだった。あの時の笑顔を、言葉を、僕は一生忘れないだろう。

 調べてみたらそのキャラはRPGの主人公で、プレイヤーの分身のようなキャラクターだった。公式に名前は設定されていないし、ゲーム内に台詞もない。
 だけどクールな感じでかっこいいから似ていると言われて嬉しく思った。僕と似てるかといえば自信はないけれど、強いていうなら髪型が少し近いか。
 それに、無口……というのもゲームシステム上の都合でそう見えるだけなのだろうが。無口キャラを好きな香坂さんは、人と話すことが得意じゃない僕でも受け入れてくれるんじゃないか。そんな大きすぎる期待をした。

 まあ、後に香坂さんのオタクアカウントを探し出した僕は、香坂さんがそのキャラがヤンデレ化し喋りまくっている二次創作を見て盛り上がっていることを知って落ち込んだ。
 しかもそのキャラを推しだと言っていたのも二週間ほどの期間の話で。短い命だったのだ。それ以降は一度もツイッターで話題に出しているところを見ていないし、使っていたクリアファイルも別の物に変わっていた。


『3にこれ言ってほしい。3の供給が足りない。3×私をくれ。』

 香坂さんは僕の作ったbotの台詞をまだ語り続けていた。しかし、この呟きを機に「3」だったらああ言う、こう言うと妄想が始まっていく。参考になることは多い。
 やはり香坂さんの理想は「3」らしい。僕も時間が足りなくてなかなか手が出せていない媒体のキャラなのだろうか。
 シチュエーションボイスCD?同人ゲーム?意外とBL作品とか?……香坂さんの理想を知るためにはもっと手広く見てみる必要がありそうだ。

 二週間で飽きられる有象無象の推しとは違う。彼女の唯一無二の存在。

「なりたいなぁ……」

 なれないだろうな。独り言が漏れる。
 僕という人間は致命的に香坂さんの好みから外れている点があった。香坂さんが好きなタイプのキャラは大体が嫉妬深くて強引だ。彼らなら、好きな女の子が創作物とはいえ別の男……ヤンデレのために一日の大半の時間を使うことを許さないだろう。

 それは僕にはあまり馴染みのない感情だった。香坂さんが愛しているヤンデレに憧れはあっても嫉妬を感じたことはない。
 普段とのギャップがあったから最初は驚いたけれど、今では香坂さんが常識とか良識をかなぐり捨てて大好きなものを熱く語る様子を微笑ましく思っている。
 世の中には神作品がいっぱいあるのにお小遣いが足りないと嘆いていれば、うんうん。ほしいものリストのURLを公開してくれたら何でも買ってあげるから後で語ろうね。と言いたくなるし、18禁の作品をこれ尊いからみんなも見てと騒いでいれば、わーオカズにしてるのかな。思春期可愛いね。と、親目線と劣情が入り混じった感情が湧き上がる。
 香坂さんの話をいつでも、いつまででも聞いてあげたいし、見ていたい。嫉妬するどころか愛おしさがあふれる。
 
 「僕だけを見て。僕以外のこと考えないでよ」そうやって迫って香坂さんが大好きなシチュエーションを作り上げることなど出来そうもない。香坂さんはなかなかに過激なエログロ創作物を好んでいるようだが、僕はサディスティックな性的嗜好を持ち合わせていない。拒絶されているのに無理矢理犯すなんて考えられなかった。
 それでも一度だけ真剣に想像してみたことがある。妄想の中で香坂さんの服を強引に脱がせようとして嫌だと抵抗される。
 脳内の僕は、速攻で床に頭を擦り付けて「ごめんなさい。ごめんなさい。もうこんなことしないって誓います。だからどうか嫌わないでください。一生触れられなくてもいいからただそばにいさせてください」と号泣しながら謝罪を始めたのだ。

 脳内妄想ですらそんな調子なのだから。現実で僕は彼女の許可なくして髪の一本だって触れられないだろう。それが僕の致命的なところ。ため息をついて寝返りを打つ。
 「尊い」「好き」「愛」「神」「わかる」「んぇぇぇ」「墓」部屋の四方どこを見ても目に入るプリントアウトした香坂さんからの反応。そろそろ貼る場所がなくなる。
 僕だと正体を隠してネット上でやりとりをするのも楽しかったけれど、この壁が香坂さんとの写真で埋め尽くされたらどんなに幸せだろうか。鍵アカで僕と写真を撮りたいと話してくれていたことをふと思い出して、僕の口元は緩んでいた。


 残念ながら久しぶりに早く帰れる放課後。久世くん、軽快な声に呼び止められた。

「久世くんってツイッターやってる?」
「え……あ、えと……」

 ここでやっていると言えば香坂さんの鍵アカをフォローできる流れ。なのに僕は詰めが甘い。ヤンデレ男子botとその中の人のアカウントしか持っていないのだから。
 やってると言いたい。でも既存のアカウントを教えられるわけがない。やってないけど始めてみますなんて言い出すのは不自然か……香坂さんを前にして激しい葛藤があった。固まる僕に香坂さんは焦ったように付け足す。

「あ、いきなりごめんね。もしかしてリアルの知り合いには知られたくない感じ?」
「は、はい……ごめんなさい」
「全然気にしないで!私も久世くんの気持ちちょっとわかるから」

 僕を安心させてくれる笑顔だ。香坂さんはオタク用のアカウントで好き勝手やっているように見えて、実は身バレしないよう気を使っている。
 年齢は偽りだし、本名と結びつかない名前を名乗り、メディア欄はソシャゲのスクショばかりだ。どこどこに遊びに行ったとか何を食べたとか日常的なツイートはもちろん全て鍵アカで行い、オタクアカウントには一切持ち込まないよう徹底している。

 それなら何故僕が香坂さんのアカウントを見つけ出せたのか。
 香坂さんはリアルでの友達との日常会話で最近見たアニメの話や、ソシャゲのガチャで爆死した話、好きな作品のグッズを買った話なんかを相手に引かれない程度にしている。それらの情報をヒントにして探せば彼女のアカウントを特定出来た。
 もっとも簡単なことじゃない。香坂さんがオタク用のアカウントを持っていると考え、執念を持って探し続けたから見つけられたのであって、他のリアルの知り合いが気付く可能性はまずないだろう。

 せっかく香坂さんが話し掛けてくれたのだから本当はもっと話を広げたいのに。僕はこくりと頷くだけだった。
 香坂さんの興味がある話題はヤンデレ以外にもいくらでも知っているし、彼女が好きな立ち振る舞いも頭では理解しているけれど、それを実践出来るかは別問題だ。
 「明日よろしくね」と香坂さんが笑って会話は終わる。そのまま僕に背を向けてから「あ」と短く呟いた。

 立ち止まった香坂さんの前で男子が僕の肩を叩く。クラスメートの三浦くんだ。

「ハロウィンの準備の方どう?」
「……順調だよ。今日もやることないし……」
「そかそか。委員変わってくれてサンキューな。助かったよ!」

 三浦くんは嫌味のない笑顔を浮かべる。気弱な僕が断れないとわかっていて嫌な役割を押し付けたのだから決して褒められたことではないが、三浦くんには感謝していた。

「明日は朝早いんだっけ?」
「うん。一時間くらい早く行かないといけないかな……」

 三浦くんの持ち前の明るさに釣られて人並み程度の会話が成立している。まだ話しを終わらせる気はないらしい三浦くんに答えていたら、その場に残っていた香坂さんが「また明日ね」と声を掛けてきた。 

「あ……」
「おう。また明日な!香坂」

 僕はどうして挨拶すらとっさに言えないんだろう。悔しいけど三浦くんが代わりに返事をしてくれたことに少しほっとしていた。
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