キャラデザ

□THEME
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お題:『水槽×コルクボード
タイトル:『フォト』





僕の部屋には大きな水槽がある。
半年くらい前からアクアリウムに凝り出して、それはもう僕の日常の大部分を占めるようになっている。
眺めているととても癒される。仕事の疲れとか、その他嫌な事は全部忘れられるからだ。仕事帰りに専門店へ寄って自分の水槽にいない魚を眺めたり、取り寄せたカタログを見るのも楽しい。
また、水槽の中を自分だけの水族館にする楽しみもある。濾過器や水草の配置を考えてみたり、魚を増やしてみたり。
実はアクアリウムを始めた日から、水槽の様子を毎日デジカメに収めてはパソコンで管理している。定点何とかだっけ。オートプレイにすると水槽の移り変わりがはっきりと判る。気に入った写真はプリントアウトして、水槽の側のコルクボードに留めて飾ったりもしている。
最初は魚を死なせてしまう事も多かったけれど、それでも今ではかなり満足のいく状態にする事ができていた。

僕には彼女という存在がいる。
アクアリウムに凝る僕を彼女は理解できないらしく、嫌っているようだ。それでもまだ別れを告げられていない事からして、心底嫌いな訳でもないらしい。

珍しく残業して、夜も遅くなった日。
自棄酒でも呷って帰ろうかと思ったが、魚たちが心配になってコンビニで酒とつまみを買うに止めた。
「店じゃなくても呑めるさ」
夜も更けた暗い道でそう独り呟く僕は寂しいのだろうか。僕の心は魚たちの事でいっぱいで、考える余裕すらなかった。

「ただいま」
誰もいない部屋でもそう言えるようになったのはアクアリウムのおかげ。帰宅後真っ先に水槽へ近付く。
と、常に点けている水槽の灯りが彼女を照らしていた。
「お帰りなさい」
彼女は振り返りもせず、真っ暗な部屋の中で喰い入るように水槽を見詰めたままそう言った。
「来てたんだ。電気くらい点けなよ。連絡してくれたら君の分も買ったのに」
僕は電気のスイッチを入れる。買ってきたものを彼女の横に、鞄やらを定位置に置いて着替え始めた。
「晩ご飯作っといた。私はもう食べたから良いよ」
見れば、リビングのテーブルの上にラップに包まれた皿がいくつかある。
「あ…ありがとう」
「ねぇ、これの何が楽しいの?」
彼女はその質問を僕の言葉にかぶせるように言った。もちろん、こちらを向いてはいない。
「何って……そりゃあまぁ…いろいろ楽しいよ」
僕は驚いて言葉を詰まらせてしまった。
「……そっかぁ」
穴があくのではないかと思ってしまう程、水槽を見詰める彼女。何を考えているのだろうか。
僕はそっと、彼女の顔を覗き込んだ。
その眼は今まで見た事がないくらいに、悲しみを湛えていた。この表情の意味は?

彼女ごと水槽を写真に撮ろうとデジカメをかまえた僕は、その時になってやっと彼女の意図を理解した。
僕を理解しようとしてくれていたのだ。魚たちに夢中なこの僕の事を。
彼女をフレームに収め、そっとシャッターを切る。その音を聞いた彼女は、ゆっくりと水槽から眼を離して僕を見た。
「ごめん。愛してる」
口を衝いて出た僕の言葉に彼女は一瞬、顔を歪ませたけれど、そこには見た事のないような笑顔があった。
僕はまたシャッターを切る。今度は連続で何枚も、水槽と最高の笑顔の彼女をフレームに収めていく。
「急にどうしたの?」
夢中でシャッターを切っていく僕に、彼女が問う。僕はデジカメを下ろして、レンズ越しではなく直接、彼女の眼を見た。
「僕は君の事を何にも解ってなかったんだなぁって思ったんだ。君は僕を理解しようとしてくれたのに、僕はただ解ってもらう事しか考えてなかった。だから…」
彼女の表情がどんどん壊れていく。迷わず僕はまたシャッターを切った。
「だから、ごめん。今までないがしろにして……ごめん」
涙を零す彼女を見て、僕も泣いた。

ふたりしてひとしきり泣いた後、僕と彼女で写真を撮った。涙でぐしゃぐしゃになった顔のままだったけれど、仲直り記念という事にする。
それからは彼女の作った料理を彼女に見られながら食べ、ふたりして眠った。


後日。
僕はあの時の彼女の写真をコルクボードに貼っている。アクアリウムのコレクションと共に、最高の笑顔と泣き顔を。ツーショットはさすがに恥ずかしくて貼ってはいないけれど、ちゃんとプリントアウトはしてある。
いつか、あの日を笑って話せる日が来たら出そうと思うんだ。



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