今まで「親友」だと思っていた同性の人間からいきなり口付けられるというのは、共に過ごしてきた日々を全て否定するくらいの威力がある。
その威力を存分に発揮するためには、これが決して「冗談」や「ただの挨拶」ではなく、「悟天は自分のことをそういう目で見ていたのか」とトランクスに思わせなければならない。
そしてそれは、二人きりでいる時に行うより、誰かに目撃された方が「現実」として残る。目撃者が多ければ多いほど「事件」は人々の記憶になり、後々まで語り継がれることになるのだ。
それらを可能にするためには、身内のみのパーティー会場で、家族が目撃している時に、トランクスの唇を奪ってやれば良い。口の中に舌を入れて、服の中に手を入れれば完璧である。そうすればトランクスは悟天の行為について「こいつは本気だ」と思い、その一部始終を家族に見られることで後々まで気に病むだろう。そして自分が抱えていた悩みなど、どこかへ吹き飛んでしまうことだろう。





悟天はそこまで考え抜いた作戦を本日決行した。今のところは順調に進んでいる。
しかしその真相を、目の前にいる兄には話せない。誰かに話してしまえば、いずれは本人に「チューした理由」が漏れるかもしれない。そうなると「親友なのにチューされた」という悩み事が、悩み事ではなくなってしまう。

「まぁ、そうなんだけど…、でも、詳しくは話せないけど、これはトランクスくんを助けるためにやってるんだよ!」

悟飯は、悟天が何を言っているのか全く理解できなかった。

「どこをどう読み取れば、そういう解釈ができるんだ?」
「だーかーらー!詳しいことは言えないから!」
「トランクスを助けてるのか?あれで?」
「そうだよ!トランクスくんを助けたいだけだよ僕は!」
「嫌がらせてるだけなのに?」
「その嫌がらせが、助けになってるんだってば!」

悟飯は大袈裟に肩を落とした。そういうのを「独りよがり」と言うのだと教えてやった。だが悟天も負けてはいない。「それを言うなら正義の味方はたいてい独りよがりだ」と返してやった。そして「兄ちゃんも昔は正義の味方をきどってたんだから分かるはずだ」と付け加えたところ、悟飯はあからさまに不機嫌になった。
この悟飯という男は、自身の考える善し悪しの判断に少なからず自信を持っているタイプの人間だった。そのため、良かれと思ってしてきたことに、批判めいた意見を言われたくないのだ。もし批判をしようものなら、途端に大人げない態度に変わる。本人はそれが表面に出ていないと思っているので、なかなか始末が悪い。
悟天はそのことを知ってか知らずか、はたまた空気が読めない性格を露呈しただけなのか、続けてこう言ってのけた。


「僕はトランクスくんの親友だ。ちっちゃい頃からずっと一緒だったし、僕ほどトランクスくんに助けられてきた人間はいないよ。だから今度は僕がトランクスくんを助ける番だ。そのためなら男同士でチューするのだって平気だし、気持ち悪いって思われても気にしない。僕は友達のためなら何だってできる。あのチューは、その覚悟の証だ!でも兄ちゃんには、僕にとってのトランクスくんみたいな友達がいないから、その気持ちが分かんないだろうけどね!」


それを聞いた悟飯は、いきなり悟天の髪の毛をわしづかみにした。

「ちゃんと質問に答えろよ」

目の前にいる悟天にも聞こえるか聞こえないかというくらいの、とても低く小さな声だった。
悟天は足がすくんで動けなくなった。こうなったらもう兄からは逃げられない。しかし自分は何も打ち明けるつもりはない。このまま問答を続けていても平行線をたどるばかりだと思った。
その時、遠くからこちらを心配そうに見ているパンの姿が目に入った。悟天の方を指差しながら、ビーデルにしきりに話し掛けている。これはチャンスとばかりに悟天は叫んだ。

「ほら兄ちゃん!パンちゃんがこっち見て心配してるよ!兄ちゃんが隅っこなんかにいるからだよ!せっかくのパーティーなんだから、早くパンちゃんのとこに行ってあげないと!ね!」

悟飯は慌てて振り返った。父親がようやくこちらを向いたことで、パンは喜んで駆け寄ろうとした。それを見た悟飯は即座に悟天から手を放した。

「…帰ったら説教だからな!」

そう言いながら悟飯は、駆け寄ってくる娘のところへ走っていった。





こうして何とか兄とのバトルを終わらせることに成功した悟天だが、このままぼさっとしているわけにはいかない。次は「被害者」のアフターケアに臨まなければならないのだ。
ほったらかしにしていたトランクスを見ると、腰を抜かしたままその場に座り込んでいた。未だに状況が把握できていないらしく、呆然とした表情だ。傍らにはブルマが付き添っている。
悟天はテーブルの上に置いてあった水とおしぼりを手にして、トランクスのもとへと向かった。トランクスは視界の中に悟天が入ってきたことに気付くと、何か恐ろしい物でも見えているかのように顔をこわばらせた。
ブルマは、そんな二人を交互に見比べた。

「…あんたたちって、そういう関係だったの?」

いささか気まずそうな表情でブルマが言った。トランクスは驚いたように目を見開いて、「そんなはずは…」と声を震わせながらうろたえた。

「あ、大丈夫ですブルマさん。僕が勝手にしたことなので」

そう言って悟天は笑った。「本当に大丈夫なの?」と、ブルマも苦笑した。トランクスだけがますます暗い表情になった。
すると遠くから様子をうかがっていたベジータが、「大丈夫だと?ふざけるな!」と騒ぎ出す声が聞こえてきた。ブルマはそれをたしなめるべく、この場から離れた。トランクスの前には悟天だけが残された。彼は明らかに、二人きりになったことに恐怖を覚えているようだった。

「口、ゆすぎなよ」
「…え?」
「それか、こっちで拭いたらいいよ」

コップに入った水とおしぼりを手渡そうとする悟天の発言に、トランクスはとても困惑した。自分から口付けてきたくせに、舌まで入れてきたくせに、今度は水で口をゆすげと言う。どういう魂胆なのだろう。いったい何が目的なのだろう。この幼なじみのことを、トランクスは生まれて初めて恐ろしいと思った。
悟天は、コップもおしぼりも受け取ろうとしないトランクスを見て、作戦が成功したと確信した。そこで、彼には心の底から申し訳なく思ったが、締めくくりの言葉を口にした。


「さっきは急にごめんね。びっくりしたでしょ?」
「いや、俺は…、別に…」
「でも、僕、悪いことしたとは思ってないから」


その顔があまりにも真顔だったので、トランクスは思わず後ずさった。







それからというもの、トランクスは悟天のことを警戒し続けた。
悟天が電話をかけると、話し方が妙によそよそしくなる。そして言葉のひとつひとつを詰まらせるようになった。
悟天が家に押しかけようものなら、まず玄関でベジータが出迎える。時には敷地内に足を踏み入れる前にベジータが立ちふさがって、門前払いされる。どうにかトランクスの部屋に通されたとしても、部屋のドアを開け放しておくよう義務付けられた。
トランクスは悟天と二人きりになると、やけに落ち着きがなくなった。辺りをきょろきょろと見回し、その場にじっとしていない。その理由は、タイムマシンの来訪を待ちわびているからではなく、悟天の襲来と暴走を恐れているが故だった。
悟天は内心喜んでいた。悟天の顔を見たり声を聞いたりするだけで、トランクスは動揺する。それは「親友」だったはずの悟天の存在自体が「悩み事」になったことを意味するからだ。これで当面、トランクスが大人のトランクスに会いたいと悩むことはないだろう。

しかしこれはあくまでも「その場しのぎ」である。親友の悟天にあんなことをされたという悩みも、時が経てば風化するのだ。
風化を防ぐには定期的に口付けるか、足りなければ性行為にまで及べば良いのかもしれない。だがそれは回数を重ねるほど「慣れ」が生じるものだ。トランクスがそのことに慣れてしまえば、もはや悩み事でも何でもない、ただの習慣になり下がる。そのため、もし定期的に行う場合は、慣れさせないように時期を見極めなければならないのだ。それでも悩み事として通用させるには、やはり初回のインパクトにはかなわない。
悟天としても、実際にトランクスとそういう関係になりたいわけでもないのに、彼の心をもてあそび続けるというのは気がとがめた。その場合、最後に傷付くのは結局トランクスだからだ。
そう考えながら悟天は、以前と変わらない態度でトランクスに接した。二人きりになっても何もしようとしない悟天に、トランクスもだんだん緊張を解いていった。もともと幼なじみで親友だった二人なので、警戒したくとも警戒しきれないような深い絆があったのである。
そのため数ヶ月も経てば、以前のような仲の良い二人に戻っていた。







この日、悟天は久しぶりにトランクスと遊んだ。ベジータは未だに悟天のことを良く思っていないようだったが、トランクスはもう何も気にしていない様子だった。
その証拠に、以前よりも回数が減ったが、彼はまた窓の外を見るようになった。

(ほんとに、その場しのぎにしかならなかったよなぁ)

悟天は、トランクスに警戒され続けていた日々のことを懐かしく思った。あの時は確かに、トランクスの頭の中から「あの人」のことが吹き飛んでいた。つまり悟天の推測は正しかったのだ。
今はこうして彼の心に以前の悩みが舞い戻ってきたが、自分の決行した作戦に一定の成果が得られたことだけで、悟天は満足だった。

(でもこのままあの人が来なかったら、また何かしなきゃ駄目なのかな…)

悟天はそうならないことを祈った。そのため、早くあの人が来てくれることを切に願った。
それでも来ないのであれば、その先どうするかは改めて考えるしかない。しかし自分はトランクスを助けるためならば何でもするに違いないのだ。もしかするとあの時のチュー事件以上のこともやってしまうのかもしれないと、悟天は思った。

(うわー!そんなこと考えたくない!)

自分の発想にうんざりしながら、悟天は携帯電話を見た。あのショップ店員の女の子からメールが来たのだ。「今日も勝ったよ☆」という短文に、試合会場で自分と彼氏を撮影した画像が添付されていた。彼氏の悩みも解決し、彼女の恋愛はどうやら順調なようだ。
悟天は窓の外に視線を移した。こちらの方はいつもと変わらない景色である。今日はとても天気が良さそうだった。
あくびをしながら外を眺める悟天を、トランクスは横目で見た。


「なぁ悟天」
「何?」
「どうしてさっきから外ばっかり見てんだよ」
「えー、なんか、すごい晴れてるなーと思ってさ」
「ふーん…」


そのまま二人は黙った。
悟天は、隣にいるトランクスをちらりと見た。相変わらずぼんやりとした表情で外を見続けている。


「ねえトランクスくん」
「ん?」
「トランクスくんこそ、どうして外ばっかり見てんの?」
「いいだろ別に見てたって」
「そうだけどさ…」


二人は揃って、窓の外を見ながら小さくためいきを吐いた。
そして今日もまた、タイムマシンが来る気配はない。












未トラ←現トラ前提の天トラを書くにあたり、泥沼にならない形を目指したら、天トラになりませんでした。BLにもなりませんでした(謝れ!)

たぶんこのサイトでの未トラ+現トラ+悟天は、こんな人間関係なんだと思います。






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