データはバックアップしておくに越したことはないと悟飯に言われ、悟天は明日にでもメモリーカードを買いに出かけようと思った。
無事に自分のもとへ帰ってきた携帯電話を眺めた。今までずっと無下に扱ってきただけあって、よく見るとあちこちが傷だらけだった。本当はそろそろ機種変更を考えていた悟天だが、それを思い直した。紛失騒動を経たことにより、今まで以上に愛着が湧いてしまったからだ。
着信履歴を確認すると、悟飯からの着信ばかりが20件近くも続いていた。その始まりは、悟天が空を漂っていたであろう時間帯だった。外にいる場合は、携帯電話を持ち歩いていたとしても着信に気付かない場合が多い。上空ならば余計にそうだろう。

「ねえ、そういえばさ、僕に何か用事あったんじゃないの?すげーたくさん電話もらってたけど」

履歴をさかのぼりながら問い掛けた。すると悟飯は、「肝心なことを忘れてた」と言いながら家へ戻ろうとする足を止めた。
話によると、もうすぐトランクスの妹であるブラの誕生日らしい。悟飯のもとに、その件でブルマから連絡があった。その日は身内で誕生パーティーをすることになったので、悟飯の娘であるパンを是非とも招待したいとのことだった。
パーティーと言うよりささやかな食事会のようなものなので、パンだけではなく孫家全員が招かれた。悟飯は悟天に、その出欠確認を取りたかったそうなのだ。

「そういうわけなんだけど、その日は空いてるか?」

悟天は即座に返答できなかった。その日は用事がなかったような気もしたが、あったような気もした。返信していない何通かのメールを読み直して、友人や女の子と交わした約束をもう一度確認する必要があると思った。

「えーとね…、とりあえず、今んとこ保留でもいい?」
「あぁ、じゃあ予定が分かったら早めに連絡くれよ」

そう言うと悟飯は、背伸びをしながら家に戻っていった。
悟天はその背中を見ながら、兄が整体に行きたがっていたことを思い出した。仕事が忙しくなり、ひどい肩こりを患っているのだという。今度の休みには気が済むまで肩をもんであげようと思いながら、悟天も自室に戻った。





メールに返信をし、携帯電話に充電器を繋ぎ、指差し確認をした。それが間違いなく枕もとに置かれていることを確かめると、悟天はようやく一息つくことができた。
更なるアクシデントのおかげで、ただでさえ長かった一日が余計に長く感じられた。それでも日付が変わるまでまだ数時間あるというのだから恐ろしい。
一日が濃密すぎて、悩みで満ちあふれていたはずの頭の中は、それに追従することができなくなっていた。これから何を優先させ、どのように動くべきなのか、思考が追い付いていかない。

「…ケータイなくしたせいだ」

悟天はつぶやいた。そのせいで思考回路が寸断されたのだと思った。
トランクスの悩みを解消すべく煮詰めていた考えは、携帯電話紛失騒動のせいで振り出しに戻された。懸命に考えていたはずの内容でも、途中で邪魔が入れば、どこまで進んでいたのか忘れてしまうものだ。こうなると途端にやる気をなくす。考えることが苦手な人間は、もう一度最初から考え直すことが更に苦手なのである。

「なんでよりによってこんな日に…。もう頭ん中がぐちゃぐちゃだよ…」

あまりにも踏んだり蹴ったりな一日を呪った。心を掻き乱される出来事ばかりが続く自分を嘆いた。トランクスを助ける手立てが思いつかない以上、大事な携帯電話が無事だったことだけが不幸中の幸いだった。

「…これでケータイ見つからなかったら、本当に心臓止まってたかもなぁ」

手首に指をあててみた。脈が感じられた。心拍数は落ち着いていた。呼吸も正常だった。
悟天は部屋の電気を消した。いつもに比べてだいぶ早い時間だが、もう眠ってしまおうと思った。どうせ考えは振り出しに戻されたのだ。それなら睡眠をとってすっきりした頭で考え直した方がいいに決まっている。
外から月明かりすら入ってこない(どうやら満月の日には遠かったらしい)真っ暗な部屋で、悟天は目を閉じた。



その時だった。
悟天は「あること」に気が付いた。



自分は今、何と言っていたのだろうか。
確かに、「ケータイ見つからなかったら心臓止まってたかも」と言ったのだ。
そして自分は今、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
それは間違いなく、「ケータイをなくしたせい」なのだ。

つい先程口にした言葉を何度となく唱えてみた。
悩みに悩み抜いた内容が振り出しに戻されたのも、眠って頭をすっきりさせようと思ったのも、全ては「携帯電話紛失騒動」が発端だ。どう考えても、それが原因だ。
だからもし「携帯電話紛失騒動」が起きなかったとしたら、今も自分は大人のトランクスが来てくれるよう祈り続けていたはずである。

「そっか…、そういうことか!」

悟天は、目の前を覆う霧が晴れ、道がぱっと開けていくのを感じた。すぐに跳び起きて電気をつけた。早速、先日から放り出していたペンを握って紙に向かった。
「この日、自分の身に起きたこと」と「それを通して考えたこと」が、自分だけではなく万人に共通する傾向なのだとしたら。それはきっとトランクスにも通用するに違いないと思った。
そもそも「会えない人に会いたい」という類の悩みは、第三者が介入できる問題ではない。今回の場合もそうだ。こちらからあちらへ会いに行く方法が備わっていないのであれば、あの人がまたこちらに来てくれない限りトランクスの悩みは晴れない。これは根本的に、あの人にしか解決できない問題だったのだ。
つまり最初からこれは、悟天には解決できなかった。それなら、どうせ解決できないならば、違う角度から考えるしかない。要は、彼が抱えている陰鬱とした気持ちを消すことができれば良いのである。そのヒントになったのが、自身の起こした「携帯電話紛失騒動」だった。
悟天は笑いをこらえられなくなった。これはまさに、頭の中に神が降りてきたかのようなひらめきだと思った。
後に悟天は言う。この時のようなひらめきが日常的なものだったとしたら、自分は間違いなく名探偵になることができていたのだと。



その晩、悟天は眠らなかった。
この一日を踏まえた上で、トランクスの悩みを消すための方法を考え続けていた。紙に思い付いた案を片っ端から書き出し、ああでもないこうでもないと思案した。その間もずっと頬は緩みっぱなしだった。

そしてついに、とっておきの作戦を思い付いた。

悟天が考えた筋書き通りに事が進めば、恐らくトランクスの悩みは消える。もしトランクスが、普段から悟天が思っている通りの人間であるなら、効果はきっと絶大だ。
そのためには、作戦の概要と真相を隠し通す必要がある。悟天が何をしようとしているのか、誰にも知られてはならないのだ。最初から最後まで自分ひとりの心に留めておかなければ、せっかく思い付いたこの作戦は失敗に終わるだろう。
それだけではない。この作戦を成功に導くためには、舞台を整える必要があった。作戦を実行に移した時、その一部始終を誰かに見届けさせなければならないのだ。観客という名の証人を用意し、全てを目撃してもらう。それによって、この作戦はようやく完成するのである。
悟天は考えた。そういえば兄から、「トランクスの妹の誕生パーティー」が行われるという話を聞いた。誕生パーティーなら確実に、その場に「観客」がいる。しかもそれは全て身内だ。
普段から交流の深い間柄の人ばかりが集まる会場というのは、悟天にとって願ったり叶ったりのシチュエーションだった。この場合の「証人」とは、親しい間柄であればあるほど効果を発揮できるからだ。
舞台は決まった。

もはや明け方になっていた。窓の外は明るくなり、鳥がさえずり始めていた。
悟天はようやく布団にもぐり込んだ。ところが、なかなか寝付けない。思い付いた作戦に自画自賛しすぎて、気分が高揚していたのだ。
しかしながらこの作戦にも欠点があった。もし筋書き通りに進まなかった場合、悟天はそれ相当のリスクを背負うことになる。いつの時代も、とっておきの作戦というのは危険と隣り合わせになっているものなのだ。
悟天はそれでも構わないと思っていた。自分の、親友を助けたいという気持ちに嘘偽りはない。悩んでいる親友を救おうとすることに、何をためらうことがあろうか。

既に覚悟は定まっていた。
今度はこちらが、友情の強さを見せ付ける番だ。










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